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ガマ系コンサルタント・カウンセラー・社会保険労務士 高瀬真理子のブログです

連絡先 : mariko@gamachan.com 高瀬真理子とガマちゃん 仕事・活動 → ガマの勉強会・ガマコン(カウンセリングをベースにしたコンサルティング) ・社会保険労務士。 ガマトーーク! がまがま東京デート。 1969年生まれ。東京都在住。2人と1匹暮らし(夫婦とリクガメ)プロテスタントのクリスチャン。教会でピアノとギター弾いてます♪

人の関心を引くことを第一の動機として「悩み」を言えるならば、それはすでに悩みではなく「会話のきっかけ」なのである。

かまってほしくて悩みを言う。

そういう現象があると聞くが、
どうもいまひとつわからない。

それってすでに、
悩みでは、なくないか?

人の関心を引くことを
第一の動機として
悩みを言えるなら、

もうそれ、
本気の悩みじゃなくね?
と、思うんだが。

悩んでないよなぁ?

会話のきっかけ?(笑)


悩みって、
人に言うのもやっとだったり、
言うこと自体が
苦しかったりするんじゃないのかね。

だけど、
言わないで溜め続けていても
苦しさが溜まる。

だから、
悩みの周辺部分を加工したり、
言える部分を取り出したりして、

少しずつ、少しずつ、
吐き出していく。


それでも、溜まっていく。

だから、また、
少しずつ、少しずつ、
吐き出していく。


どこかで、
思いきりのいい何らかの決心で、
一気に事態を変えることが
できる場合もあるだろうけど、

できないことだってある。


それを少しずつ少しずつ
吐き出していることを、

もし仮に、
かまってもらいたさにそうしていると
評するならば、

それは全然違うよね、って感じ。


ともかく、
人の関心を引きたくて、
という動機はもはや
悩みじゃないですよ。

会話のきっかけ、です。