私は、自分の宣伝が苦手だ。
苦手だと言ってしまうと本当に苦手が固定してしまう気がするから言いたくないけど、
やっぱり苦手だと思う。
でもそんな私だからこそか? 表現欲求は強くて、ブログをやっている。
好きなブログなら、苦手な宣伝もうまくできるかも、
と思うのだが、やはりなかなかうまくいかない。
書くのにものすごく時間がかかり、しかもやっぱりしっくりこない。
そしてそういう記事は、総合的に反応も鈍い。
普段の記事で
「アクセス数がいくつです」とか
「今月の人気記事」とかやらず、無関心を装っていて、
実際アクセス数はあまり見ていないけど、
どれだけシェアされてるかというのが気になったりする。
書くのにやたら時間がかかり、しっくりきてない宣伝系の記事は、
たぶんシェアもされない。
それでまた微妙にちょっと落ち込み、「あぁやっぱり苦手だわ」と思う。
そもそも、私の記事は、自分の「友達」にあまりシェアされない。
ま、私自身が、人の記事をめったにシェアしないんだけど(笑)
だって、たくさんシェアすると、タイムラインがごちゃごちゃするんだもん。
誰かが見に来てくれたとき、どれが私なのか分からないじゃん。
ブログ下部に出てくるシェアは、いったいどこの誰がしてくれてるんだろう。
たまにブックマークとコメントがあるんだけど、
どうもありがとうと思いつつ、リアクションの方法が分からず放置してるんだけど、
どうしたらいいんだろう。
ともかくほんとありがとう。
で、何の話だっけ?
もしかすると私は、いろいろこねくり回して体裁を整えたブログじゃなくて、
こうやって思いを書き散らして書きなぐって好き放題言いたい放題書き連ねるブログをやりたいんじゃないのか?
フェイスブックでつけてもらう「いいね」の数とか
誰が見てくれたとか
シェアがどうのこうのとか
自分の宣伝を盛り込めたとか
そんなの気にせずに、
思い切り書きたいことを書きたいときに書き綴る、
ネタとしての「役に立たないブログ」じゃなくて、
ほんとに「役に立たないブログ」
それがやりたいんじゃないの?
そう、私、フェイスブックで優先的に流れてくる、大勢の人がシェアやいいね、してる記事に、共感できるときやいいねと思える時もあるけど、
けっこう「え?これが?!」て思っちゃうんだよね。
これにたくさんの人が共感またはいいね、なんだー、て。
まぁ、自分の友達周りの話だけであって、私の友達は多くない。
だから、ほんの狭い世界の話だ。
でもなんか、不思議な気がする。
仕事を成り立たせるには、まず、身近な人を喜ばせるものだと思う。
だから私を知ってもらわねば、という思いに縛られて、
やらねばならない、こう表現しなければならない、
そう自分を縛って、
仕事なのだから「キチンと」「自分を知ってもらわなければならない」
と型にはめすぎて、
ムリにできない「宣伝」をしようとしているのではないか。
「そのまま」を書けば、こんなに書けるし気持ちもすっきりするのに。
読みたい人がいるか読まれるか、は別問題だけど。
それこそが「仕事」には重要だといっても、書いてる本人がうやむやしちゃったら、どうなのか。
ここまで読んじゃった人、ほんとにいつも以上に「役に立たなくて」ごめんよ。
キミも、私の心の共犯者だ。
あ、このセリフ、かっこよくね?